プロバンス記 その4

パプ2シャトーヌフ=デュ=パプの村でワイナリーを覗いていた私が”Bonjour”と声のするほうを見ると、大きな身体の素肌にまま着た白い麻のシャツに半ズボン、頭にはパナマ帽という、夏のプロバンスではこうでなくっちゃ!というお手本のような格好をした初老の”ムッシュウ ”が人懐っこい笑顔で立っておりました。
どうやらこの店の店主らしい彼は、慣れた仕草と私にも理解できる易しい英語で店内へと誘います。
南仏の陽光を浴びながら村の中をあちこち歩いて少し疲れていた私は、誘われるがままに店内へ入ってみました。

まるで土間のようなしつらえの店内は冷房が入っているわけでもないのに冷んやり涼しくて快適そのものです。
店内をきょろきょろ見ている私に”ムッシュウ ”は「まあ、お座りなさい」と簡易な椅子をすすめてくれます。
腰掛けた私の前のテーブルに”ムッシュウ ”は大きなワイングラスを置きました。
そして棚に置いてあったワインボトルのひとつを手に取ると目の前のグラスについでくれたのです。
どうやら試飲会がスタートしたようです。

”ムッシュウ “曰く13種類のヴィンテージワインをブレンドしてあるというその美しいルージュは口に含むと強烈に個性的な味がしました。
自分のぶんもグラスについで飲んだ”ムッシュウ ”は”Manicific !”と唸ります。
あとで調べると「素晴らしい」という意味のフランス語なのですが、このときの私の耳には「マニフィキ」と聞こえていて、それは「マニファクチャー(工場制手工業)」に近い言葉なんだろうけど、この場面ではポジティヴワードに違いないからきっと”ムッシュウ”は「手作りなんだぜ!」と、言いたいのかな?などととぼけたことを考えておりました。
注がれたワインが美味しいことに異論はない私は「とれびあん!」と少ないフランス語の語彙から引っ張り出してきた子供でも知っている言葉を口にしました。
”ムッシュウ ”は私の目を真っ直ぐに見ながらしたり顔で頷くと次のワインボトルを手にします。

「ところでどこから来たんだい?」
「ほう、日本かね」
「大丈夫だよ、アジアにだって送ることができるんだから、ほら!」

そう言うと香港宛の配送伝票を私に見せてくれました。
いやいや”ムッシュウ “、私は今夜のワインを1本買いに来ただけなんですよ。
と心の中でつぶやきながら次のワインを口に含みます。

そんなこんなで4種類くらいのワインを試飲させてもらいました。
彼は相変わらず”Manicific !”と唸りながら自分も飲んでいきます。
1日の仕事を終えるまでにこの人はいったいどれくらいのワインを飲むのかな?
なんて考えを頭に浮かべながら、頃合をみてワインの値段を聞いてみました。
最初に飲んだワインがいちばん高くて82ユーロで、あとは10ユーロくらいずつ低い値がついておりました。
そうでしょうとも。いちばん初めに飲んだのがいちばん美味しかったですよ!
そう思う私の予算は20ユーロなんですが・・・

結局、38ユーロのワインを買うことにした私に”ムッシュウ ”は
「そうか、それで何本持っていくね?」
「え? 1本かね?」
はい、”ムッシュウ “。人にはそれぞれ事情というものがありまして・・・
ええ、もちろんお国のジャン・コクトーさんやらに言わせればこれぞ破廉恥ということなのかもしれませんが・・・

何とも身の置き所のない状況に困った表情の私に”ムッシュウ “は穏やかな笑みを湛えた顔で
「ワインオープナーはあるのかね?」と問いかけると
「これは記念に。」
と “Châteauneuf-du-Pape” と刻印されたソムリエナイフをプレゼントしてくれました。

涼しい店内で軽い冷や汗を背中にかきながら、予算の倍のワインを1本手に持って通りに出た私をプロバンスの陽光が優しく照らしておりました。

今回はこれにて。

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