プロバンス記 その11

こんにちは。zonoです。
ゴルド滞在2日目も、のんびりと周辺のドライブにでかけました。
まずは南東へ約17km。
キャラヴォン川にかかる美しい3列のアーチからなる石造りのエレガントな橋を訪れました。
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橋の名はジュリアン橋(仏語表記:Pon Julien)。
古代ローマのジュリアス・シーザー(Jules César)の命で建設されたということですから、Julien は彼の名からでしょうか?
イタリアからフランス、スペインを結ぶ重要な幹線道路であったドミティア街道で頻繁に増水していたキャラヴォン川を渡るのを容易にするために作られのだそうです。
大きさは、長さ80m、幅6m、最大高さ11mと、以前このブログ「プロバンス記 その1」でご紹介したポン・デュ・ガール(長さ275m、幅6m、最大高さ48.8m)と比べるとミニサイズです。
それでも、実物を前にすると小さいがゆえの安定感に軽快さをも備えた洗練された美意識に思わず見とれてしまうほどでした。
驚くのは(何回かの改修工事があったとはいえ)西暦2005年までこの橋は車が通る普通の道路として使われていたという事実です。
古代ローマ人の土木技術と戦略眼の確かさには相変わらず舌を巻きますね。
完成は紀元前3年。
ちなみに、前出のポン・デュ・ガールの完成が紀元前19年。
プロバンス記 その2」でご紹介したオランジェの凱旋門の完成が紀元前20年ごろですから、当時のこの地域がいかに建設ラッシュに沸いていたかを想像できますね。
さらに歴史を遡れば、ジュリアン橋が架かっていたドミティア街道はイタリア人が「ハンニバル戦争」と呼ぶ第二次ポエニ戦役(紀元前219年~紀元前201年)に勝利した共和制ローマが、獲得したスペイン~南仏の領土を維持するために作った街道で、完成は紀元前118年です。
まさに「ローマは一日にしてならず」ですね。
そして、紀元前218年、スペインを出発してアルプスを越えてイタリアへ侵攻したハンニバルの37頭の象と約4万の兵士もこの辺りを通過したのであろうと歴史家は書いています。

私が訪れた日、ジュリアン橋は穏やかに美しくそこにありました。
天候にも恵まれて気温は暖かく空気は澄んでいて、川面には南仏の穏やかな陽光がキラキラと反射していました。
耳にはひばりの鳴く声と川のせせらぎ以外は何も聞こえませんでした。
岸辺には野の花が咲き、花の周りにはミツバチや蝶が集まっていました。

 

 

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悠久の時の流れを思いながら、芭蕉の「兵どもが夢の跡」。

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