プロバンス記 その19 ~エクス=アン=プロバンス~

ex1美しくて可愛らしいリゾート地といった趣のルールマランを後にしてエクス=アン=プロバンス(Aix-en-Provence)という街へ移動しました。
エクス=アン=プロバンスはプロバンスの南の入り口で広大なリュベロン自然公園の外側に位置しており、今回の旅で初めての大都市でもあります。
街に近づくと道路には車線がたくさんあるし、交差点には信号があるし、人はいっぱいるしで運転に必死!
街の周囲の環状線をグルグル2周してやっとの思いで予約していたB&Bに到着しました。
エクス=アン=プロバンスは画聖といわれるセザンヌの故郷として有名ですね。
私はここでセザンヌのアトリエ見学と、彼が生涯にわたって描き続けたサント・ヴィトワール山(Montagne Sainte-Victoire)に登る計画を立てていました。

ex2多くの人にとってそうであるように、私にとってもセザンヌは偉大です。
1980年代後半から1990年代にかけて20歳代だった私は、当時ダダイズム以後の20世紀に入ってからの戦闘的な芸術が好きでコンセプチュアルアートやアングラな舞台なんぞにどっぷりとはまっておりました。
当時の私にとって印象派に代表される19世紀のフランス絵画は年寄りやお金持ちのスノビズム以外の何物でもなかったんです。
バーボンをロックで呷りながらウンチクを語り、わいん
バカですよね(笑)。
そんなとき(調べてみたら1999年とありました)横浜美術館が開館10周年記念として企画したポール・セザンヌ展を見にいったのです。

衝撃でした。

セザンヌは印象派が新しいムーブメントとして旋風を巻き起こしていた19世紀のパリで、はじめは自身も印象派に属しながら後に離れてエクスに戻ります。
エクスに戻ったセザンヌは絵画を印象派の技法を使いながらも遠近法の中に回帰させるべく孤高の探求を続けました。
私が1999年に展覧会で見た作品の数々は、新しい時代の視点に基づく技法を使って伝統的な価値観を再構築する彼の試みの軌跡だったのです。
「なんてかっこいい戦いなのだろう!」と思ったんです。

やっぱりバカですよね(笑)。

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