プロバンス記 その22 ~アルル 古代ローマ時代~

アルルという街の起源はなんとマグナ・グラエキアの少し後の紀元前6世紀まで遡ります。
古代ローマに占領されたのは紀元前104年。
街としての発展は近くにあるマルセイユの影に隠れてなかなか機会がなかったようですが、かのユリウス・カエサルの登場とともにチャンスが巡ってきます。
ガリア戦争後の混乱期にカエサルがポンペイウスと覇権を争いますが、この時アルルはカエサルの側に、マルセイユはポンペイウスの側に付きます。
勝利者であるカエサルはマルセイユをアルルに与え、その時からこの街は古代ローマ帝国ガリア属州の中心都市のひとつとして繁栄しました。
ローマ帝国の都市として発展するということは街に円形闘技場とギリシャ劇場、街の守護神に捧げられる神殿ができ、主要都市とローマ街道でつながり街道の起点には凱旋門が立つことを意味します。
アルルにももちろんこれらがあり、今でも遺跡として残るので大半は見学することができますよ。

外観
写真は1世紀末ごろ建造された収容人数2万人の円形闘技場跡地の外観です。
写真右下の人物で全体の大きさが想像できるかと思いますが、ローマにあるコロッセオと外観はほぼ同じですが規模は少し小ぶりかな。
それもそのはずであちらは収容人数5万人!
これが首都と地方都市の差というものなのでしょうね。
それでも2万人の収容人数はなんと横浜スタジアムと同じなんですよね!
実際に内部の作りも現代のスタジアムと似ています。

通路
この写真は競技場の内部で客席下の通路になります。
左の光が入ってくるほうに出ると客席があって右側はフロアをつなぐ階段です。
通路にはところどころ内側に開いた場所があって、かつてそこには売店が並んでいてパンや酒、チーズなどを観客に売っていたそうです。
こうなると現代の競技場のほうが昔を真似たのではと思うほどですよね。

客席1
こちらは客席から見た闘技場です。
今でも夏には闘牛が行われるそうですが(さすがオクシタン人は違いますね^^;)、私が見学したときはコンサートのための会場設営がなされていました。
2000年の時を経て、観客で埋まったスタンドを見るのはさぞ壮観でしょうね~。

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